かっぱの日記帳

日常思ったことを綴る。備忘録。

ハーフパンツクールビズ。

が、不快感を与えるーハラスメントになる!

とかいうくだらなすぎる話。

 

男性ハーフパンツがハラスメントになるなら、女性の短いスカートは? 欲情しちゃうからもしくは気持ち悪いから(BBAの場合)ハラスメントだ!

 

などとは言えない。

 

そんなん言ったら究極、顔が不快だ、デブも不快だ、ハゲもチビもブスも不快だ、とどんどんおかしな方向にいきそう。

 

服装は変えられるけど上記は変えられない? 今は変えられますよ。

 

昔アウターゾーンに校則に厳しい教師が、同じ顔同じカッコの学校に勤め始めるんだけど、自分のカッコ&顔(だったか?)が校則違反で死刑を宣告されてたなぁ。

 

男性のハーフパンツ、今は見慣れてきた気がする。欧米じゃ夏はみんなこれだし。足のすね毛がムリとか、自然の感覚に反してるよ笑

 

生えてるのが自然。

 

何がそんなに気になるのかわからない。

 

究極、仕事なんだから仕事さえできて結果残してくれればパンツ一丁でもいいよ。おっさん、おばさんの体なんて興味ない。

 

他人服装なんてどーでいい…。

憲法改正の是非。

そもそもなぜ憲法は存在するのか?

人権擁護とかなんとかじゃなくて、そもそもの目的は権力を抑止するためのもの。

つまり政治権力を統制するものだ。

 

だから憲法改正のみ国民投票があるのだ。

 

それを政治権力を握った政権が好き勝手に議論して変えるというのは憲法の主旨を捻じ曲げる話。権力のいいようにするために変えると言っているようなもの。

 

今の高市政権は絶対やると思った。だってこんな好期ありえないもの。今なら変えられる、自分たち(保守)の思う通りに。

 

これがまず間違い。

 

あと改変する部分が問題。自分たちの権力の拡大(軍事も含め)をするのならますます本末転倒。

 

とりあえず国民投票してください。

 

 

やってみなはれ。ができない世の中

Pivotで和田先生が話してたやつ。

 

「やってみなはれ」とは言うんだよ。言うんだけど、「やってみなはれ(責任もよろしく)」なんだよ。

心理的安全性が確保できない。だからやらないほうが正解になっていくんだよ!!!

 

これって日本だけじゃなくて世界的に一部の頭のネジがどっか行っちゃった人たち以外はだいたいこれになってる。

 

責任取りたくないから、やらない、決めない。

 

上司がこれじゃ仕事にならん。

 

無能は無能なので、そしてみんな心の底で「言うならオメーがやれよ」と思ってるから、ついて行かない。リーダーシップがないんだよ。で、本人も心理的安全性がないから、出世の妨げになるようなことは絶対に上に言えない、言わない。

 

それが負のスパイラルでどこの階層でも起きているから、結果誰も何もやらず言わずの組織の出来上がり。

 

はい、あと12日。あー早く辞めたい。

海外支援の話。

ある友人と話してて彼女の同僚がこう聞いてきたそうだ。「国内でも貧困問題がいっぱいあるのに、なぜ国内ではなく海外を支援するのか?」という疑問。

 

わかる、わかるよ。

 

でもよく考えて。もはや世界は先進国、まして日本だけで成り立ってないのだよ。

日本はそれでなくても資源が乏しい国。色々なものを輸入しないと今の生活が成り立たない。

 

そしてそれを成り立たせるためのたとえスマホの原材料などの資源があるのが基本的に第三世界(途上国)だ。

昔のように植民地というただで搾取するやり方が一応建前上できなくなった現代において、原材料を頂戴する代わりにバーターとして橋つくったりダム作ったりして支払っているわけだ。しかも円借款というだいたいが借金笑 よく見ると払っているようで、最終的に払った以上を回収できる仕組みで貸し付けていることが多い。

 

確かに人道支援だと貸し付けではなくドブに捨てているようなことも多少はある。だけどそれを払ってもなお利益があるから日本政府は海外支援を辞めない。

 

国内が貧困化してるから国内にだけ使っても、経済的利益は巡ってこないのだ。

 

確かに目に見えない支援より目に見える国内の支援を優先すべきだとは思う。

 

残念ながら世界経済は一国で成り立たないぐらい複雑になってしまった。

 

とはいえ海外支援すれば難民が減るとかそういう単純な話でもない。何をしても経済アサイラムシーカーは発生する。けど、元々の国の国外に出さないように国内が豊かになれば難民自体が発生しないのはその通りだと思う。それができて(でき)ないから難しい。

アメリカみたいに単に援助カットしたところで日本の場合利益にはならない。

移民反対ではないが。

先日パリにいた時にパリ郊外…とまではいかないか?というところに友人がトゥールーズから引っ越してきたので遊びに行った。

 

RER線という地下鉄じゃない鉄道を利用して19区(ここも移民の地区で夜は治安悪し)から行ってきた。

 

驚くことにこの線と駅を利用してる人が移民だけ!!!! 本当に一ミリもいわゆるフランス人がいなかった。

まぁ、とはいえ2世とか3世なのだろうからもはや移民ではないけど、違和感。

 

降りて聞こえてくる言語とカッコがイスラム笑 えっと、ここは中東かな?

 

まぁ、そこにいる私たちも「移民」にしか見えないんだけどもさ。

 

でも思ったよね。日本のある地域がこんなになったらどう思うか? 果たしてそれでいいのかどうか。

 

とはいえ移民受け入れないともはや今の生活は保てないわけで。

 

共生ってなんだろう。今はどこを見てもやはり「棲み分け」が一番の解決方法というか問題を最小限に抑える解決策でしかない。

 

相手への気遣いというものはもはや外国文化には存在しないので(自分さえ良ければ文化しかない)、日本のそういう文化は貴重だし残ってほしいなぁと思う一方、外の仕事で気疲れして死ぬんだよなぁ←今ココ。

 

不満しかわかねぇ。

失敗するべきか否か?

死なない程度の失敗(身体的&社会的)なら失敗したらいい。

ただ失敗してもいいという環境が必要。

 

私は40越えた今も平気で失敗する。ただ致命傷を負うほどの失敗はしない。

そして失敗する部下も致命傷にならない程度なら口頭注意で終わる。それすら受けたくないというのが若者なのかもしれんが、よくわからん。口頭注意を人格否定のように思うのかな。

 

致命的失敗はその名の通り誰かが身体的に死ぬ、横領などの不正や犯罪行為、ハラスメントなどの社会的な死につながる行為は致命傷で終わる。私の基準でも社会の普通の基準でも終わる(はず。だと思っていたがアフリカはそれでも普通に生き残るから問題が常に山積み)。

 

一発アウト案件を一発アウトにし、そうでないものはちょっと目を瞑る。見逃す訳ではなく、受け入れる。ただその基準が曖昧かつ上司の裁量だからなぁ。マネジメントしなれてないとやたら締め付けたり(昔の私。独裁者だったなぁ)、逆に何も注意しないので瀕死状態になる(今の職場のように誰も何も責任を取らなかった故に、まぁひどいっ体たらく)。

 

最近の失敗は、上司の許可なく手紙を外部に発送したこと。私がレターを出したのなんか、組織にダメージにならないうえにむしろ組織をlegal的に守ることなのになぜか無能上司からは怒られる。まぁ無能だから仕方ない。自分の意に沿わないことは全部排除だから。

 

同じく契約書に勝手に追加した時点で契約無効になるといってるのに(無能仕事が無能な故に遅いので、私は友人の弁護士に先に確認した)、それをゴリ押ししてくるという無能っぷり。犯罪犯せと? バカが。

 

こうやって無能上司は見下しとけばよろしい笑

 

契約無効を回避するには修正した契約書を発行するしかないのでドラフト送ったら、これまたキレられて、おまけに自爆の墓穴メールまでよこしてきた。 これぞパワハラな意味不明なメールを2本も送ってきたので、ブチギレてやった。

警告のつもりなのかもしれないけど、それで怯むような間抜けでもなければ、その辺の地固めは万全な私なので、無能が自分で地雷を踏んでることに後から気づいてオロオロし出したのは言うまでもない、さすが無能。

 

はい、無視ー。こういうことを言うから下が萎縮する上に、心理的安全が保てないから隠す方向に走るんだよ。

 

他の現地スタッフのファイナンスも私に無能とその部下のもう1人の無能のバカ話を暴露してくれた笑 自分は堂々とファイナンスのSoPを無視。理由もないのに。これぞ組織への背信行為。

 

終わってんな、相変わらず。だから誰もついていかないし、組織が崩壊するんだよっ。

 

無能よ、バルス。

 

あれ? 結局無能の話に行きついてる笑

映画の話。

飛行機内ぐらいでしか映画を見ないんだけど(長いから)、今回帰りが昼間のフライトだったので2本ほど拝見。

 

1本目はレンタル家族。ブレンダン・フレイザーがデブでおじさんになってからの作品笑 マミーの時はカッコよかったのになぁ。でも、なかなかいい映画だった。日本人以外で共感できるかどうかは怪しいところだけど。

色々な理由があって家族のふりをする役者をする人たち。家族なのに、でも家族だからこそ言えないこともあるのか。大人はいい。いつかはバレるかもしれないけど、責任を取るし取らざるを得ない。だけど、子どもを巻き込むのはやはり倫理的にアウトだな、と。

真実がいつも正しいとも、真実が一つだろも思わないが(コナンよ、すまん。真実はいつも一つ…じゃない笑)。

 

もう一つはAdam's sake、アダムのために。

ベルギーの公立病院が舞台、そこで働く白人の女性看護師が主人公。

 

ベルギーも言わずとしれた移民受け入れ大国。

働く人も患者もバックグラウンドが違う。白人もいれば黒人の医師もいる。その黒人の医師を拒否する患者。言葉が通じない母親に通訳するベルギー育ちの移民の子、妊娠してしまったけど家族に知れたら殺されるであろう少女、息子の栄養治療を拒否し続ける移民の母親、その息子を引き取れない父親とその父親の妊娠中の彼女。

 

移民を受け入れた国では日常的にこういうことが起きるんだろうな、という実に現実感のある映画だった。

 

移民を受け入れる、その人数が大きくなればなるほど社会の中の摩擦も大きく深くなる。

性善説は消え去り、厳格なルールで締め上げていくしか保てない社会。

 

さて、日本はどうだろう。大多数でもない移民を排除しようという動きが目立つ(不法移民対策はするべきだけど、今の入管の仕事の仕方は疑問)。

 

この映画を今の日本人が見たら移民反対が増えそうだな。これでもなおこの現実を受け入れて変化していく気概があるかというと…難しいだろうな…。